酒井勝軍の『神代秘史百話』と竹内文書


1930年(昭和5年)に出版されたカルト本の古典、酒井勝軍の『神代秘史百話』について、批判を交えながら紹介してみたいと思います。

酒井勝軍の一連の本は戦前の有名なカルト本で、この本は古史古伝(新らしく「発見」された、オリジナルが神代に書かれたという触れ込みの本)の中でも一番カルト的な、竹内文書(たけうちもんじょ)の紹介本です。

竹内文書というのは、聖書や仏典や中国古典のあやふやな知識しか持たない人が、それらを無理矢理に日本の神代と結びつけたような内容の本です。

書名にある『神代秘史』というのは、竹内文書のことです。

『神代秘史百話』のp5では、酒井勝軍が『オトウサンをパパと言はせ、オカアサンをママと言はせ』る、最近(昭和5年当時)の風潮を怒っています。

この時代には既にパパ、ママと呼ぶのが広まっていたんですね。

p12では、『而もユダヤ人の事ジウといふがジウは何国の国語でもないから、ユダヤ人すらもその字義は知らないのである。ところがこれは日本語で、すなわちジウ(十)である。』とあります。

Jew(ジュウ)は『何国語でもない』わけではなく、単なる英語です。

Jewはドイツ語ではJude(ユダ)になり、ソロモン王時代の古代イスラエル王国が後継者争いの結果、北のイスラエル王国と南のユダ王国とに分離し、北のイスラエル王国を構成していた十支族はアッシリアに滅ぼされて移住させられ(歴史から姿を消し)、ヘブライ民族は残ったユダ王国にちなんでユダヤ人と呼ばれるようになりました。

ユダ王国の名は、ヘブライ民族のユダ族の祖先ユダから来ています。

英語のJew(ジュウ)も、英語のJudah(ジュダ=ヘブライ語ではユダ)から来ています。

そもそもジュウ(十)は中国語由来の音読みです。

日本語と結び付けたいなら、【ジュウ(十)】ではなく、【トウ(十)】との関連を探さないと。

『エホバは天御中主神よりも二代前の神であり、エホバよりもまだ八代前に絶対の原始神が在(い)さるることが分かったのである。

この原始神は一名ナンムアーミンと呼びまつらるる神で、ナンムは元無極の意、アーミンは天地人の義であるから』(p19)

エホバは聖書の神で、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は古事記や日本書紀に登場する神です。

ナンムアーミンというのは南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)から来ていると受け取れます。

『ナンムは元無極の意』

南無は元無極という意味ではなく、サンスクリット語で帰依するという意味です。

『何人も興味を起さずに居られぬことは、ナンムは仏教徒に使用せられ、アーミンはユダヤ教徒、キリスト教徒及び回教徒に使用せられておることである』

中略

『仏教徒に聞けば南無は梵語であるといひ、ユダヤ教徒に聞けばアーミンはイスラエル語であるといふが、仏教は勿論のこと、ユダヤ教がまだ発祥しなかった数十万年の太古においてすでにこの固有名称があったとすれば』

中略

『即ちこれは梵語でもイスラエル語でもなく、正に日本語であったのである。』

中略

『ユダヤ教の開祖が日本に渡り来つて学びたるもので』(p20)

なぜ旧約聖書よりも竹内文書の方が何十万年も古いと思うのでしょうか。

酒井勝軍は、書かれたことをそのまま鵜呑みにする単純な人なのでしょうか。

『日本の神名又は神事に天(アメノ)といふ冠詞を付けるが、之は明らかにアーミンの転訛で』(p21)

日本語は同音異義語のとても多い言語です。

なので天(アメ)とアーメンのように、外国の単語と似た言葉を見つけるのに不自由はしません。

私には、アーメンとラーメンの語が似ているのは古代に繋がりがあったからだというような、幼稚な論理に思えます。

『国史を見ると、今を去る七十六年前、すなわち安政元年七月九日左のごとき布令があった。

大船製造につきては異国船に紛れざるよう日本の総ての船印は白地に日の丸幡((はた))あい用ひそうろうべし。

しかしてこれが今日日本の国旗である日章旗の始めであるとされておるが』

中略

『何がゆえに他の国々がこの顕著なる太陽を忘れて極めて劣等な物体や低級な意匠を国章にしたのであろうか』

中略

『要するに我国((諸外国のこと))は太陽なりという自信が無かったからといはねばならぬ』(p51-p52)

そう思っているのは酒井勝軍だけで、世界中の国家は自国の国旗に自信を持っていると思います。

『然るに我等の神代秘史に照らすと、天御中主神より二代前の造化気万男身光天皇の御代にすでにニ旒((りゅう))の国旗が高く翻((ひるが))えされておったのである。

その一旒は今日使用している日章旗と全く同一のもので』(p53)

造化気万男身光天皇は竹内文書の天皇で、記紀には登場しません。

『モーセがシナイ山から行方不明になった時も、彼は雲に上げられ天国に行けりというておる。ところがその当時日本は神州又は天津国と呼ばれておったから、実はモーセは日本に来ておったのである

キリストも地上に神政を復古せしむるために、神国建設を説かれたが、キリストのいわゆる天国は、雲上の霊界ではなく、地上の神政廟と見るとキリスト教がよく分かつて来る』(p68)

竹内文書と聖書とを比較し、聖書の方を他方の模倣に過ぎない断言し、ユダヤ・キリスト教の神を日本の神の亜流に過ぎないとする論拠を竹内文書に求めるなら、同じように竹内文書を疑い、聖書伝説の亜流にすぎないと考えてもよいのではないでしょうか。

『ラジオは最新の文化的驚異であるとせられて、人智の進歩すでに神智に達せりなどと豪語して有頂天になっておる現代の軽浮さは憐れむべきである。

来りてヘブライの古文書を見よ、タルムッドにはラジオという語があり、また聖書をひもとくと詩篇第十八篇はラジオの章といふべきものではないか』(p76)

酒井勝軍の主張は、当時の最新技術のラジオを皆驚嘆しているけれど、ラジオという語はユダヤ教の伝承集であるタルムードにも出てくるではないかという主張です。

現在の製品名とたまたま同じ名称が古代にもあったというのが嬉しいのでしょうね。

詩篇第十八篇のそれらしい箇所はこれです。

『苦難の中から主を呼び求め、わたしの神に向かって叫ぶと、その声は神殿に響き、叫びは御前に至り、御耳に届く』(旧約聖書詩編第十八篇)

これが酒井勝軍には無線通信機に思えたのでしょう。

『アメリカという国名は一体誰が付けたのか』

中略

『伝説に由ると、千五百年の頃イタリア人アメリゴ・ヴエスピーシーなるものが南米を探検し』

中略

『この大陸をアメリカと呼ぶようになったとのことである。しかし馬鹿らしい伝説で、コロンブスの晩年はどうであろうと、史上彼をもって米大陸の発見者なりと公認しおるならば、新大陸は必ずコロンビヤとでも命名すべきである。』

中略

『驚くべきかな、わが秘史には明かに左のごとく記されてある。』

中略

『宇摩志阿志牙備天皇が南米巡幸のみぎり、アルヘンチナ、ブラジル及びコロビンの三頭領が天皇を暗殺せんと計ったので、天皇みずから指にて三名を捻り殺されたこれを目撃した南北エピロスの土民等は戦慄し、五十名の総代を以て帰順の意を表し、口々にアメノリを連呼した。すなわち天降りの意である。

爾来(じらい)エピロスをアメノリと改めたのであったが、スペインの侵掠と共にこれをラテン化してアメリカと改めたのである。然らばアメリカとは元来日本語である。そして南北南米共に完全に皇領であったことを忘れてならぬ』(p93)

宇摩志阿志牙備(うましあしかび)とは、古事記ではイザナギ・イザナミ以前の神で、『葦牙((あしかび=葦の芽))のごと萌え上がる物によりて成りませる神の名は宇摩志阿斯訶備比古遅神((うましあしかびひこじのかみ))』と古事記にあります。

竹内文書と酒井勝軍の解釈では、アメリカという語の起源は日本由来ということです。

私は諸外国の人に、酒井勝軍の一連の本を見られるようなことがあれば、とても恥ずかしく思います。

『今神代秘史を見ると賞罰は極めて明かで逆賊性の者は少しも容赦なく処分された。』

中略

『アフリカユイコレカラム民王、アジアトントンキンナム民王』

中略

『ヨモツ国トランスヴァイル白人氏、ヨモツヨハネスアナタル青人氏、ヒナタエピロスブラジルベラ民王』

中略

『アフリエジフトカイ民王等を招集し、万国奮って反逆の徒を掃討すべきことを厳命せられた』(p108)

これらの王名には、アフリカ、アジア、トランスヴァール、ヨハネス、ブラジル、エジプトの語が含まれていますよね。

どうにも胡散臭く感じるのは私だけでしょうか。

さて、そのトランスヴァールとヨハネスですが…

現実のトランスヴァール共和国は、南アフリカにボーア人(オランダ系の南アフリカ移民とその子孫)が1852年に建国し、1902年(日本では明治35年)まで続いた国です。

1852年は日本では幕末なので、竹内文書は1852年以降に書かれた可能性を考えた方がよいのではないでしょうか。

ちなみに、ヨハネスブルグは南アフリカ共和国の州都です。

『彼れモーセは聖書に記されおるごとく、シナイ山に参籠((さんろう))して例の十戒石を神授されたのであるが、これを民衆に授けた時に失敗し、第二回に成功したのであるが』

中略

『秘史によると彼はシナイ山上から反対の方面に下り、アカバ湾に出で、船にて日本に渡来し、越中の棟梁((とうりょう))皇祖大神宮に四十一日間参籠して』

中略

『天皇から十戒を賜って本国に急行し、第二回の十戒を民衆に授けたと書いてある。さればユダヤ教は日本の高天原で発祥したものである』

中略

『イスラエル民族に与えられた十戒石は、ユダヤ王国の滅亡と共に所在不明になった。』

中略

『あるいは日本の何処かに移されて秘蔵されているのではないかと思いついて、十数年来この謎を解かんと試みたのであった。』

中略

『しかしてこれと同時にモーセの十戒には表裏二種あることを霊覚したために、古今東西未だ何人も考えておらなかった裏十戒について、その片鱗だけなりとも探りうるところあらんかと念じつつ、先年遠くパレスチナに赴いて半年間を過ごしたのであったが、残念にもこれについては何の得るところもなかったのである。

しかるに一昨年末から昨年春にかけて、日本神代当時の高天原であつた皇祖皇太神宮の神宝中に、驚くべき多大の史実が発見されたが、その中に、実にモーセの十戒が表裏二種ともに完全に発見されたのである。

もちろんこれは写しであって』(p235-236)

そのモーセの裏十戒と呼ばれる物の写真です↓

私には落書きに思えますが、この写真の裏十戒を解読したものが↓だそうです…

『それは即ち左の如きものである。

一、日本神を拝礼せよ。

ニ、祖国日嗣神を拝礼せよ。

三、日の神に背くなかれ背く者は潰滅すべし。

四、天国祖国神の法律を守るべし。

五、祖国天皇に背くなかれ。

六、分邦万国民の律法を守るべし。

七、分邦の律法を制定する分邦民祖国の律法に背くなかれ。

八、黒白を明らかに正せよ。

九、聴けこの外に爾((なんじ))モーセの他に神なし。

十、日の神礼拝せよ。』(p237-p239)

『世界万国を大観すると、日本に酷似した国が西の方に一つあることを見出すであろう。すなわちイタリアである。

イタリーという国名は日本語のイタル(到達)であると秘史に記されてあるが、またローマともいうたので、このローマの上代史は明白ではないけれども、伝説に由ると紀元前七百五十三年にロミュラスという偉人が天降ってローマ府を創立したということである。

しかもロミュラスがいかなる人であつたかは丸で雲をつかむようなものであったところが、外宮の神体中に発見されたモーセの裏十戒石によりてロミュラスはモーセの別名であることが明かにせられたのである。』

中略

『イスラエルの建国全く成りたるがため、彼は後事をヨシュアに委任してローマ建国に向かったのである。』(p240-p241)

紀元前一千数百年前のモーセが、紀元前七百五十三年のロミュラス(ロムルス)と同一人物だそうです。

私は神話の時代に現在またはそれ以上に発達した社会が存在した可能性や、地球以外の知的生命体の可能性や、心霊現象等を否定するものではありません。

ただ私は、宗教にしても思想にしても、幼稚なものほど広がりやすいのではないかと感じます。

私は蒙昧に堕さないロマンが好きです。

天水晶の心臓

過去に書いたものでも置いて行こうかと思います。

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